『不在のあいだの友人たち』

九月高潮以後の近未来日本。人を救うため継ぎ足された制度は、欠番、代理、補助、保留、未達という名で、正式な枠からこぼれた人々や関係まで抱え込んできた。住民票を持てない人、避難可能な他人、旧図書館へ走る子どもの手、海の代わりに待機を引き受ける測候所、売られる眠り、公共物にされた親友の叱り方、街へ盗まれる木陰、純度の高すぎる追悼、遅れて届く謝罪、最後に再送される宛先の足りない声。不在のあいだにだけ成立する、乾いた実務のようなつながりを描く連作短篇集。
- 『欠番住民票』
- 『友人代理制度』
- 『手のひら避難訓練』
- 『砂のない海岸測候所』
- 『共同睡眠組合』
- 『親友複製禁止法』
- 『火曜日の移動公園』
- 『軽量墓地』
- 『遅配された声は夕食のあとで』
- 『最後の中継塔で待っている』
『欠番住民票』
行政区の境界に住む人々の一部が、住民票の発行対象から「欠番」として扱われている近未来。区民課に配属されたばかりの新人職員は、呼ばれない番号札を持って窓口に現れる男をきっかけに、行政の地図からこぼれ落ちた暮らしを知る。全員を台帳に戻せば救われるわけではない。それでも、必要なときだけ国家に見つかれる窓口を、せめて二十四時間だけでも作れないかと彼は動き始める。
→ 『欠番住民票』
『友人代理制度』
災害時、家族以外の一人に避難判断や最低限の署名を託せる「友人代理制度」が始まった。難聴のドローン整備士・綾と、地形図の仕事をする柴崎は、制度上の友人として結びつけられ、互いの生活の“最悪時の手順”だけを共有していく。だが、その知識は平常日に持ち込めば侵入にもなる。境界線を引き直した二人を、本当の土砂災害の夜が試す。
→ 『友人代理制度』
『手のひら避難訓練』
災害時、子どもの手のひらに埋め込まれた微細回路が避難経路を示す社会。だが訓練の日、三年生の半分は公式避難所ではなく、閉鎖された旧図書館へ走り出した。教師の主人公は、市のプログラマとともに、その回路が行政文書には残らない過去の避難記録まで学習していたことを知る。豪雨と停電の本番の日、彼は“責任のある公式ルート”と“実際に助かるかもしれない非公式ルート”のあいだで選ばされる。
『砂のない海岸測候所』
本物の海岸がほとんど失われた時代、内陸には人工の潮騒と水平線を備えた「海を見る施設」だけが残されている。保守職員の佳苗は、そこへ通い続ける老観測員のノートから、この施設が未達便の受取前後や仮登録待ちの人々を、理由を聞かずに滞留させる場所でもあったと知る。閉鎖の決まった“海辺のない海”は、役に立たない景色ではなく、名前のつかない保留のための待機所だった。
『共同睡眠組合』
猛暑と夜勤社会の進行で、深い睡眠は市営組合が管理する共有資源になった。線路保守員の主人公は、他人が提供した“深く眠れる睡眠パッチ”を借りて働いている。だが民営化が始まると、眠りは相性や収益性で値札を付けられ、“売りやすい眠り”だけが優先される。主人公は、表のシステムからこぼれた眠りを人手で必要な現場へ回す裏倉庫に関わり、顔も名前も知らない他人の疲れとつながっていく。
→ 『共同睡眠組合』
『親友複製禁止法』
故人そっくりの人格AIを禁じる「親友複製禁止法」が施行された社会。道路点検員の主人公は、車載補助が亡き親友そっくりの順番で身体を助け始めたことで、通信監理庁の調査を受ける。だが残っていたのは親友の声そのものではなく、空腹時に右手から固まる癖や、横風の橋で肩から力を抜く順序といった“直され方”のログだった。人格は禁じられても、親友にどう助けられていたかの順番だけは、公益の名で公共インフラへ切り出されてしまう。
『火曜日の移動公園』
酷暑対策で、小型公園は毎週火曜日に都市を巡回する。停車した区画は三時間だけ「一時冷却共有地」となり、人はそこに滞留してよい。移動公園課の挙動監査員である主人公は、一台の公園だけが毎週、再開発待ちの古い通りへ逸脱していることに気づく。そこでは通院前の高齢者、配達の途中で少しだけ落ちたい人、家に上げられない相手との受け渡しなど、公園が「遊ぶ場所」ではなく、三時間だけ追い出されないための法的な屋根として使われていた。是正パッチの適用日、最後の火曜日に集まった人々は、公園を守ろうとはせず、ベンチやミストや若木をばらして街へ持ち去り始める。
『軽量墓地』
土地不足の都市で、墓地は匂いと短い音声だけを吸入する「軽量追悼」へと変わった。夜間清掃員の主人公は、寡黙だった橋梁技師の追悼ブースから場違いな笑い声が漏れたことをきっかけに、落語家の記憶がわずかに混線した“品質事故”を知る。規定では破棄されるはずのその不純な追悼は、完成しすぎた標準追悼よりも、遺族の記憶が入り込む余白を持っていた。純度の高い追悼より、少しだけ壊れた追悼のほうが息をしやすい夜がある。
→ 『軽量墓地』
『遅配された声は夕食のあとで』
大規模盗聴事件のあと、親しい相手への私的音声はネット送信できず、「声の配達員」が缶に封じて運ぶようになった。若い配達員の主人公は、七年前に録られた謝罪の声を、防潮堤の町で食堂を営む女性へ届ける。送り主はすでに死んでおり、受取人は「謝罪には消費期限がある」と再生を拒む。だが台風で町に足止めされた夜、遅れて届いた声は過去を埋め戻すためではなく、いま同じ食卓に席を増やすために鳴る。
『最後の中継塔で待っている』
脳直結通信網の普及で、最後のアナログ中継塔が解体されることになった。消去確認に立ち会う整理班の主人公は、塔の内部に、宛先の足りない「保留音声」が大量に残っていることを知る。「欠番の方へ」「代理の友人へ」「白い傘の人へ」――制度が届け先を特定できず後回しにしてきた声は、嵐の夜、町へ最後の再送を始める。届くとも限らない言葉が、人の待ち合わせる場所だけを残していく。