『最後の中継塔で待っている』
最後の中継塔は、監査の日にいちばんよく喋った。
私は通信監理庁の委託整理班にいる。九月高潮のあと、この広域圏の制度はどこも一度ずつ間に合わせになった。保留、補助、仮登録、欠番、未達。住所や続柄や個体IDの足りない人間を、いったんそういう棚へ置いて持ちこたえた。直結網が普及し、最適化政策が始まってから、私たちはその棚を順番に閉じている。
机の裏の紙みたいな文句を消すのが、最近の仕事だった。番号が出ない人向けの案内、正式避難所ではない建物への補助ルート、代理友人の自由記述、期限切れの音声便。効率は上がるし、監査票もきれいになる。きれいになるぶんだけ、たまに少し腹に悪い。
第七埠頭通信塔は、港の丘に立つ最後の旧式中継塔だった。もう平時には使われない。年に数回、避難訓練の背景になるか、落雷で管理端末を怒らせるくらいだ。その基礎を残して上を落とす。それがその日の作業で、私は消去確認の立会いに来ていた。
班長の大野さんは工具箱を蹴って位置を直し、元運用員の瀧さんは制御盤の錆を指でなぞっていた。海から低気圧が上がっていて、風が少し荒かった。旧塔はこういう日に機嫌が悪い、と瀧さんが言い終わるより先に、塔の腹のあたりでノイズが鳴った。
それから、声が出た。
「欠番の方へ。番号が出なくても、窓口で声をかけてください」
私は思わず塔を見た。
その文句に見覚えがあった。先月、区の案内端末から削った補助メッセージとほとんど同じだった。正式な住民番号を持たない来庁者を誘導する非標準文言。監査票には、案内系統の一貫性阻害要因、と書いた気がする。だいぶ人間味の薄い日本語だった。役に立つのは紙の案内のほうだと思った。私はそのまま削除を承認した。
塔はつづけて言った。
「代理の友人へ。冷蔵庫の上の青い缶。勝手に開けていい」
大野さんがレンチを持ったまま止まった。
「何だ今の」
「保留便です」
瀧さんが答えた。
「まだ残ってたんだ」
「残ってるから、出ます」
説明になっているのか、いないのか、よくわからない言い方だった。
瀧さんは制御盤を開きながら言った。
「九月高潮のあと、どこの制度も回線が足りなかったんです。音声便、避難補助、臨時登録、代理連絡。宛先の精度が足りない声は、いったん旧塔に落として保留した。個体IDがない、住所が欠けてる、続柄が定義できない。でも捨てるには惜しい、そういう声です」
「惜しいで済むなら、制度は苦労しませんよ」
私が言うと、瀧さんは少し笑った。
「ええ。だから後であなたみたいな人が来る」
そのとき港湾局から連絡が入った。沿岸ノードが不調で、町の避難情報を旧式スピーカーへ一時的に切り替えるという。第七埠頭通信塔は、その旧系統の最後の中継点だった。
会社の指示はすぐ来た。
保留音声を消去しろ。旧ラインはそのまま使う。作業は予定どおり。
値段のつかないものから先に消す。整理班の現場は、だいたいその順番で回る。
瀧さんが私に端末を渡した。
画面にはこう出ていた。
保留音声 183件
一括消去
押すだけだった。
私は春から、こういうボタンをいくつも押してきた。共同睡眠組合の手動タグも、補助避難所の旧ルートも、軽量墓地の参照試験も、消したあとは静かになる。静かになって、だいたい一週間で誰も文句を言わなくなる。人は思ったより順応が早い。思ったより早いが、順応したから正しかったとも限らない。
押す前に、町のほうからサイレンが鳴り始めた。古いスピーカーの、少し金属っぽい音だった。避難準備の案内が流れ、その直後に別の声が混ざる。
「黒い猫を探してる子へ。配電盤の下です」
大野さんが舌打ちした。
「最悪だな。先に体育館の電源見てくる。お前、瀧さんとスピーカー確認。消去は戻ってから」
私はうなずいた。
押せと言われていたら押したかもしれない。押すなと言われたので、まだ押さなかった。
小学校の体育館は、濡れた傘と床用ワックスの匂いがした。壁際に折りたたみ椅子が並び、まだ本気の避難ではない顔の人たちが、間を空けて座っている。旧式スピーカーの下で、若い職員が困った顔をしていた。困った顔というのは、公的な場ではわりと役に立つ。責任を引き受けるほど強くなく、逃げるほど弱くも見えないからだ。
スピーカーから、また声がした。
「夜勤明けの人へ。風が変わる前に二十七分だけでも寝て」
入口の近くに座っていた港の作業員が、顔を上げた。笑ったのか、舌打ちしたのか、少しわかりにくい顔だった。
つづいて、
「まだ決まってない人たちへ。窓は閉めました。鍋はまだ火にかかっています」
配膳台のところで紙コップを並べていた女の人の手が、一度だけ止まった。
誰の名前もない。住所もない。なのに、受け取る側のほうは意外と迷わない。そのことが、私は少し嫌だったし、かなり気になった。宛先が曖昧でも届くなら、私たちが普段きれいに揃えている項目は何なのだろうと思ってしまうからだ。
そのあとに流れた声は、短い咳払いをしてから言った。
「白い傘の人へ。駅は沈むから、第七埠頭通信塔で待っています」
入口の近くにいた老人が、ゆっくり立ち上がった。
膝の上には、白いビニール傘が一本あった。
「それ、たぶん私だ」
誰もすぐには何も言わなかった。
こういうとき、人は妙に礼儀正しい。
老人は野辺さんと名乗った。九月高潮の前、朝の駅でよく顔を合わせる男がいたという。魚屋だったのか、工場勤めだったのか、最後までよく知らないまま、缶コーヒーだけ何度か一緒に飲んだ。ある雨の日に傘を借りて、それを返しそびれてから、その男は野辺さんをずっと「白い傘の人」と呼んだらしい。
「名字は知らんのです」
野辺さんは言った。
「向こうも、たぶん私の名字は知らん。
でも、あの咳は似てる」
白い傘を膝の上で撫でてから、つづける。
「高潮の夜、駅が先に沈んだ。連絡も切れた。
あのとき、だめなら塔へって話したんです」
「来なかったんですか」
若い教師が聞いて、すぐ悪い顔をした。
野辺さんはうなずいた。
「来なかった。向こうがか、私がかは、もうわからん。
生きてるかどうかも、たぶん怪しい」
そこまで言ってから、小さく笑った。
「録音が届かなかっただけで、約束までなくなったことにはしたくないので、行くだけです」
危ないですよ、と誰かが言った。
知ってる、と野辺さんは答えた。
来ないのも知ってる、とも。
大野さんが体育館へ戻ってきて事情を聞き、ものすごく嫌そうな顔をした。会社からはまだ消去しないのかという催促が来ている。外の風も強くなる一方だった。
けれど最終的には、ため息をついただけだった。
「三十分だけです。解体班が付きます」
待つ話になると、人はすぐ椅子を増やす。
誰かが折りたたみ椅子を二脚持ってきて、誰かが水筒を持たせ、配膳台の女の人が紙コップを多めに積んだ。黒い猫を探していた子まで付いてこようとして、母親に止められていた。
私たちは野辺さんを連れて丘へ戻った。海は防潮堤の向こうで見えにくく、風だけがよく来た。塔の基礎脇には昔の点検員用らしいベンチが一つある。野辺さんはそこに腰を下ろし、白い傘を膝に置いた。
瀧さんは制御盤の前に立っていた。
消去画面は開いたままだった。
「まだ消せますか」
私が聞くと、瀧さんはうなずいた。
「押せば終わります」
「押したほうがいいですか」
瀧さんは少しだけ考えた。
「会社としては、そうです」
「瀧さんは」
そこで彼女は、古い認証キーを私に差し出した。
「昔の保留便は、一括消去の前に最後の再送をかけました。
近い場所へ、低い優先度で、三回まで。
それでも拾われなければ保留です」
端末の下のほうに、小さく隠れるようにその項目が残っていた。
低優先順次再送
規定違反ではなかった。
ただ、誰も今は選ばない項目だった。
私は一度だけ大野さんを見た。
大野さんは空を見ていた。
見なかったふりは、現場の古い技能だ。
私はキーを差し込み、再送モードを開いた。
塔の表示灯が弱く灯る。
件数は183のままだった。
最初に出たのは、またあの声だった。
「欠番の方へ。番号が出なくても、窓口で声をかけてください」
今度は、塔の足元で聞こえた。
風にまぎれて、それでもはっきりわかった。
丘の下から、二人連れの若い女が上がってきた。避難所の受付で身分証を探していた人たちだ。片方が相手の腕を引きながら、「ほら、ちょっとだけ」と言うのが聞こえた。自分宛だと思ったのかもしれないし、思わなかったのかもしれない。そのへんは、誰にも確認しないほうがよかった。
次に、別の声が出た。
「代理の友人へ。冷蔵庫の上の青い缶。勝手に開けていい」
体育館で紙コップを並べていた女の人が、黙ったままうなずいた。避難のどさくさで隣人の鍵を預かったのだろうかと少し思ったが、それも聞かなかった。
塔は町じゅうの後回しを吐いていた。
正式な住所に入らなかったもの。
家族欄に収まらなかったもの。
急ぎのあいだだけ人を助けて、平時には邪魔と判断された細い手つきみたいなもの。
その文句のいくつかは、私が春に削ったものだった。端末では非標準文言と出ていたのに、風の丘で聞くとただの人の声に戻る。そこが少し腹立たしかったし、かなりまずいとも思った。仕事の正しさは、こういうとき急に足場が悪くなる。
日が落ちるころには、丘に人が増えていた。
魚屋の主人、若い教師、港の作業員、猫を探していた子とその母親、配膳台の女の人。みんな椅子や折りたたみ傘や缶コーヒーを持って、なんとなく来ただけのふりをしている。でも、三十分の待ち合わせにしては、だいぶ用意がよかった。
件数は、再送のたびに少しずつ減っていった。
183。
176。
169。
誰かが受け取ったのか、ただ流れただけなのか、システム上は区別がなかった。
その雑さが、今夜に限っては少し正しい気がした。
塔はまた言った。
「夜勤明けの人へ。風が変わる前に二十七分だけでも寝て」
港の作業員が鼻で笑った。
「二十七分だけってのが、妙に本気だな」
それから、ベンチの空いた端を見て、少しだけ腰を下ろした。
しばらくして、塔はずいぶん静かな声で言った。
「まだ決まってない人たちへ。窓は閉めました。鍋はまだ火にかかっています」
誰も自分宛だとは言わなかった。
でも、配膳台の女の人が持ってきた水筒のふたを開けて、紙コップに温かいものを注ぎ始めた。湯気はすぐ風に持っていかれたが、匂いだけ少し残った。待ち合わせというより、炊き出しの準備みたいだった。
野辺さんはそのあいだ、ずっとベンチに座っていた。
来ると信じている顔ではなかった。
来ないことを長く知っている人の待ち方だった。
知っているからこそ、席を立たない。
雨が少し降り始めた。
野辺さんは白い傘を開かなかった。
代わりに、ベンチの端へ少しだけ寄って、隣を空けた。
私は折りたたみ椅子を一脚、そこへ置いた。
誰のためかはわからない。
わからないままでよかった。
件数は、夜のあいだに12まで減った。
最後まで再送されたのは、名前のない短い用件ばかりだった。
「三丁目の子へ。水槽のポンプ抜いておいた」
「工事の人へ。今日はボルトが舐めやすい。無理なら明日」
「駅の売店の人へ。缶コーヒーはもう冷えてない」
そのたびに、誰かが少し笑い、誰かが少し黙った。
公式の避難案内より、こういう短い用件のほうが、妙によく通る夜がある。
けれど、約束した相手は来なかった。
来ないまま、雨はやみ、低気圧は少し東へ抜けた。朝になるころ、ベンチのまわりには、缶コーヒーの空き缶、飴の包み紙、使いかけのタオル、紙コップがいくつか増えていた。待ち合わせというより、町内会の夜勤明けみたいな散らかり方だった。
野辺さんは立ち上がり、白いビニール傘を塔の脚に立てかけた。
「返しておく」
それだけ言った。
手渡したわけではない。
受け取りの署名もない。
でも、そのとき私は、返すという行為が相手の手の中でしか終わらないわけではないのだと、少しだけ理解した。
端末を見ると、件数はまだ12件残っていた。
再送上限に達した分だろう。
これ以上は流せない。
大野さんが私のほうを見た。
「もう消すぞ」
私はうなずいた。
今なら押せた。
押しても、昨夜の前ほど簡単ではなかった。
でも、もうただの消去でもない気がした。丘には椅子があり、紙コップがあり、待つための空いた席が残っている。システムの中で終わらせる前に、いったん場所のほうへ移せたからだ。
一括消去を押す。
画面は短く白くなり、それから件数がゼロになった。
塔は黙った。
黙ると、思っていたよりただの鉄だった。
上部アンテナは翌月に落とされた。
基礎とベンチだけは残した。
私が報告書の用途欄に、風向標視認補助と、避難時補助集合点、と書いたからだ。本当の理由をそのまま書くと笑われるので、役所向けの嘘へ少しだけ訳した。
案内板には、こうだけ書かれている。
第七埠頭通信塔跡
補助集合点
保留音声のことは、どこにも書いていない。
欠番のことも、代理の友人のことも、夜勤明けの二十七分のことも、鍋がまだ火にかかっていることも、書かなかった。
書かないままのほうが、たぶん長持ちするものがある。
私は別の現場へ移ったあとも、ときどきその丘を通る。
風の強い日には、ベンチに誰かが座っていることがある。
座っていない日でも、折りたたみ椅子が一脚だけ増えていたり、白いビニール傘が一本、塔の脚だった場所に立てかけてあったりする。
先週もそうだった。
名札のない傘だった。
私は通りすがりにそれを少しだけ風上へ寄せ、倒れない角度に直してから、丘を下りた。