作ったもの
これまで作ったものの一覧
これまで作ったものの一覧
七十三番の番号札は、その朝いちども鳴らなかった。 七十二番の次に七十四番が鳴り、待合の誰も顔を上げなかったので、私は自分だけが見てはいけない欠け方を見た気がした。区民課に配…
九月高潮のあと、法律は親族より先に友人を定義した。 災害対応基本法改正第二十七条の三――緊急時友人代理制度。豪雨、地震、停電、急病のとき、家族以外の一名に限って、避難判断、…
九月高潮のあと、この市では、子どもたちの手のひらに避難経路が埋め込まれるようになった。 汗をかくと地図が浮かび、緊急時には生命線のあたりがあたたかくなって、安全なほうへ手首…
海が撤去されたあとも、潮の匂いだけは予算に残った。 第三沿岸測候所は、九月高潮の復旧期に内陸へ造られた小さな公共施設で、午前九時と午後四時に人工の波音が流れ、希望者には砂浜…
線路を一本、余らせかけた夜がある。 終電のあと、高架の継ぎ目板を見ていた。七月の熱がレールにまだ残っていて、軍手の内側までぬるい。僕はボルトを締め直したつもりで確認票に丸を…
親友を複製してはいけない、と法律は言う。 正確な条文はもっと湿気のない名前をしている。近親密圏人格再現の無断生成及び運用を禁ずる。九月高潮の復旧期、死んだ家族や同僚の声を介…
公園が停まる三時間だけ、その歩道では人を追い出してはいけなかった。 熱波警報が出た日のみ適用される、都市冷却暫定運用規則の第三項。正式には一時冷却共有地の発生と呼ぶ。停車し…
この墓地には土がない。 九月高潮のあと、都心の追悼はだいたい換気設備の仕事になった。遺骨は軽量化され、記憶は匂いと短い音声に圧縮され、遺族は白い吸入室で故人を一分だけ肺に通…
この町では、謝罪は冷蔵便で届く。 大規模盗聴事件のあと、親しい相手へ向けた私的音声は、原則として網に流せなくなった。見舞いも、仲直りも、「窓を閉めて」というだけの声も、いま…
最後の中継塔は、監査の日にいちばんよく喋った。 私は通信監理庁の委託整理班にいる。九月高潮のあと、この広域圏の制度はどこも一度ずつ間に合わせになった。保留、補助、仮登録、欠…